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私の決意
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2005年9月の第44回衆議院総選挙で、政権与党は衆議院議員の3分の2を上回る議席を獲得しました。立党50周年を迎えた自民党は、自衛軍の創設を盛り込んだ9条の改正を頂点に、「国民の責務」を強調する国家体制づくりをめざす「新憲法草案」を発表しています。「憲法改正のための国民投票法案」もいよいよ正念場を迎えています。

こうした状況を考えると改憲を党是としている自民党は、2007年の参議院議員選挙はかってないチャンスととらえ、憲法改正発議に必要な3分の2の議席を獲得するため全力をかたむけてくることは間違いありません。従って、第21回参議院選挙は「憲法改正」、憲法9条をめぐる問題が最大の争点になってきます。憲法9条は、歴史的にも日本が戦争責任をふまえ二度と戦争をしない、そのため日本の政治形態から軍を排除し民主国家へと転換する、ことをアジアの戦争被害国、世界に対して宣言したものです。それだけに憲法9条及び前文の改正を認めるわけにはいきません。

私が教員になった1970年代前半、ちょうど福岡県内でも子どもたちに戦争の悲惨さと平和の大切さを語り継ぐために、福岡大空襲や原爆の日を節目に平和授業にとりくもうという機運が高まっているときでした。戦争体験者、被爆者の方々の話を聞いたり、沖縄や中国、アウシュビッツ、アンネの家などへの平和の旅に参加したり、関連する資料や文献を読みあさったりしながらいろんなことを学習しました。戦後生まれの私にとっては、それは授業のための教材研究というより体験したことのない戦争の追体験でもありました。とりわけ戦争の中の子どもたちの様子や当時の学校教育、教師の話は、教員になりたての自分や目の前の子どもたちと重ね合わせて心に迫ってくるものでした。

そのような中で、戦前から教員をしていた母を問い詰めたこともありました。
「教え子を戦場に送るような教育をしてきたのか。なぜ、戦争をとめられなかったのか」
「あの時はしかたがなかった。日本が生き残る道はそれしかなかった」
と答える母と、きびしいやりとりをしたことを思い出します。

そうした時に、ひとつの詩に出会いました。高知県の中学校教師が1952年に発表されたものです。
戦死せる教え児よ
竹本源治
(ゆ)いて還かえらぬ教え児よ
私の手は血まみれだ
君を縊(くび)ったその綱の
(はし)を私も持っていた
しかも人の子の師の名において
嗚呼(ああ)
「お互いにだまされていた」の言訳が
なんでできよう
慙愧(ざんき) 悔恨(かいこん) 懺悔(ざんげ)を重ねても
それが何の償いになろう
逝った君はもう還らない
今ぞ私は汚濁の手をすすぎ
涙をはらって君の墓標に誓う
「繰り返さぬぞ絶対にー」
戦後、この詩のように「教え子を再び戦場に送らない」と誓い合った先輩教職員。私も、同じ過ちを「繰り返さないために」一生懸命子どもたちに平和の大切さを語ってきました。

今世界は、冷戦が終結したものの、紛争の火種は消えることなく広がりを見せる中で、新たに大量破壊兵器を保有する国が増え、同時に地球規模の環境破壊なども加わり平和や人々の生活の安定が脅かされようとしています。政治の立場に身をおく者として、責任の重さをひしひしと感じているところです。私は、「日本は二度と戦争をしないと憲法で決めて世界に約束をしている。世界中から戦争をなくし、平和な社会を創っていくことが私たちの大切な仕事である。」ことを肝に銘じ、参議院議員として6年間の様々な経験を生かし、今後も教職員、市民の皆さんの声をしっかりと受け止め、子どもたちが希望に輝く社会の実現にむけて全力を尽くしたいと思います。

政治の原点を忘れ「六本木ヒルズ」に象徴される一部の勝ち組にしか目を注がない小泉改革、多くの国民には「自己責任」の名のもと不安を抱かせ、我慢を強いてきた「構造改革路線」には怒りを覚えます。
こうした政治が、子どもたちをめぐる環境にも影響を与えています。保護者の所得などによって教育格差や排除が生まれ、学校と地域、教職員と保護者・子ども、子どもと大人の間にあった信頼関係が崩されています。幼い子どもたちが命を奪われるという痛ましい事件も連続して起きるなど、人々は大きな不安の中に押し込められています。
これらは様々な要因が考えられますが、小泉内閣の5年に及ぶ新自由主義による「小さな政府」路線によって、「分かち合い共に生きる」という政治の原点がないがしろにされています。
また、小泉政治を継承した安倍政権は、聖域なき市場原理主義改革を断行し、私たち国民に負担ばかりをおしつけ、安心して暮せる社会とは大きくかけはなれた政策を進めています。
今こそ自民党政治に訣別し、政権交代への道筋をつくることが責務であると考えています。
そのためにも、2007年の参議院議員選挙には
「何としても勝利しなければならない決意」
燃やしています。
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