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学校現場の声をふまえたいじめ自殺への対応策を文科省に質す [2006年11月27日(月)] |
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教育基本法に関する特別委員会で質問 |
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この日の質問は11月24日の質疑で残された持ち時間の範囲内で、いじめにかかる問題を質問しました。
質問した内容の一つは、
いじめ問題は、1980年代の後半と95年前後と、二度のいじめ自殺のピークがありました。文科省は、その都度通知を発し各都道府県教委、地教委や学校現場を指導してきましたが、事態は改善されず、その後も繰り返し起きています。教育行政としての現状に対する責任や問題点を質しました。
二つ目は、
今、子どもたちの生活環境、学校現場に何が起きているのか、を中心にこの3か月間に全国の学校を回り、校長や先生方から様々な意見を聞き、その体験に基づき全国に共通する課題として提起しました。
私は学校現場における子どもたちの状況、その事例をいくつか紹介しました。
ひとつは、子どもが先生に抱っこされたい、スキンシップをしてもらいたいというような子どもたちが増えている。そういう子どもたちが今様々な家庭や地域での生活の苦しみや悲しみを背負って学校に来ている、そういう状態にある中で、学校がこれは家庭ですることだから家庭教育に任せるべき、とはいかない。そういうことを理解した上でないと授業が成り立たない、学校は授業し教育するところだから、それを成立させるためにはその背負ってきているものにも対応しなければならない、そうした情勢に置かれているということ。
そしていろんな寂しさや悲しみをかばんに詰めて学校に来ている、その子たちに対応しないと授業ができない、ほかの仕事に気を取られて子どもたちに目が行かなくなって、その結果いじめを見逃してしまったというような、常に自分の仕事と子どもたちのそういう生活背景との間でジレンマに陥っている。授業をきちんとできるように、そういういじめ問題などに、あるいは不登校、これに対応できないジレンマの中で先生たちが今苦闘しているということです。
東京大学の基礎学力開発センターが公立小中学校の先生方にアンケートを取ったら、いま文部科学省がやっている教育改革、様々な教育施策は学校現場が直面している課題にマッチしていない、対応できていないと答えている人が8割近くいます。多忙感だけが蔓延し、子どもと触れ合う時間が極端に少なくなっているという学校現場の状況があります。
27日の質問は、こうした現場で起きている様々な現状、学校はかつてない難しい時代になっていることについて、文科省は認識し行政をすすめているのかを厳しく指摘しました。そして、伊吹文部科学大臣に対して、学校現場の実態を見て、現場の悩みを共有する視点で文教政策をやっていただきたい、必要な人を配置してほしい、と現場の声を代弁して問い質しました。
伊吹文科大臣は、いじめについての文科省の調査や役割、また教員について次のように答弁しています。
「学校現場の先生方も大変な御努力をなさっていることは、表に出ていないが承知している。いじめが少ない学校が良いという指導に、とかく偏りがちであった。そのため、自分を良く見せたいという学校管理者、教育委員会、あるいは教員そのものが、表に出したくないという雰囲気を助長してしまう指導があったのではないか。」
「教育をめぐる指摘されている事例は、一種の社会現象。これまで個人主義的なということがずっと言われてきた。そこを直さなければいけない。いいものも、時代が変わってくると、いいものだけですべてが解決できない。ちょうど、日本が余り食べるものがないときには、お肉を食べろ、牛乳を飲め、バターが栄養にいいということを再三言っていました。今はそれを食べ過ぎたらメタボリック症候群になり、そしてコレステロールがたまるからというときは新たなスローフードがやっぱり出てくる。」
「教師の力を超えるような、制度的、予算的制約があるというのであれば、それは都道府県教委や文科省が対応しなければなりません。しかし、国会で議論することは、制度論、予算論、法律論を中心に、指摘された事案に対応していく、この仕組みを考えていくというのが我々の役割なんじゃないかと思う。」
「予算については、国民負担との間のバランスで決めている。世論調査を見たり、保護者の話を聞くと、学校の先生に対して、必ずしも納税者が満足をしていない結果がでている。実態をよくつかまえて、納税者が理解をしてもらった上で必要な措置は講じていきたいと思います。」
以上のように、大臣の発言は、いじめについて学校の対応や教職員が努力している事実を認めるものの、学校現場の苦労は地方の課題である、国は制度論議等を検討する場として回避しています。また、教育条件整備の話になると国民負担が増えるので国民の理解が得ることができるのか、と消極的な姿勢に転じてしまいます。皮肉な見方からするとやはり大蔵省出身の大臣だけに、抑制的な財政論者に見えてしまいます。そして、世論調査や保護者の意向を根拠に教職員に対する批判と、今の教育などをめぐる状況は、戦後60年という時代経過によって生じたとして、事象の解決を教育基本法の改正が必要に結びつける手法を展開しています。
肉だのバターだのを食べすぎてメタボリック症候群になっているとの例を再三出しながら、いかにも個人主義が行き過ぎたので今日的病理が起きていると言わんばかりの論理をくり返しています。「老獪(ろうかい)」としか言いようがありません。子どもたちが死まで思いつめるほどの苦しみにあえいでいる、その叫びを、教育基本法の真髄である「個人の尊厳」批判のために、「行き過ぎた個人主義」という言い方で「利用」する大臣は許せません。
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