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コラム
「教育の国家統制に抗して」
子どもたちに主権者として生きる希望を伝えるために
(NPO法人 女のスペース・おん「おん通信」Vol.139 2005.2.28掲載記事)
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教育基本法「改正」のねらい 2/5
このような子どもたちや学校の現状を、小渕内閣の時の教育改革国民会議は、「子どもが悪くなった、それは教職員の資質が低下したからだ、親の教育が悪いからだ。諸悪の根源は戦後教育の元になっている教育基本法にあり」と結論を出し、これを受けて2002年中央教育審議会は「教育基本法見直し」を答申し、教育基本法「改正」の政治日程上の動きが加速化した。

教育基本法を変えようとする動きについては、教育問題のように装いながら政治的に利用されていることを見逃してはならない。したがって教育基本法問題は、政治的側面と教育的側面の二つの面から捉える必要がある。

政治問題としては、教育基本法制定直後から繰り返し時の総理大臣や文部大臣が発言し俎上に上ってきた「国家への忠誠、愛国心が書かれていない」という問題。最近でも、長崎市や佐世保市の事件を引き合いに出して、戦後教育のせいで子どもたちがおかしくなった、教育基本法のせいだと、教育基本法「改正」論の急先鋒である元総理や元自民党幹事長が発言している。これは、教育課題を解決しようという考え方ではなく、事件を政治的に利用して教育基本法を変え、国家への忠誠心を育てる国家主義の教育に戻したいという、きわめて政治的発言である。

一番端的だったのが、教育改革国民会議の議論である。いろいろな社会問題の背景には、教育基本法が個人の尊厳や個人の価値など、個人をあまりにも強調しすぎたために、子どもがわがままになり、自分を抑えられなくなってしまったというものがある。そのため、いじめや不登校や凶悪な少年事件が増えている。だから教育基本法を変えて、公共の精神や愛国心を教えていかなくてはならないというのだ。一見教育問題のような言い方をしているが、はじめに「改正」ありきの巧妙な政治的発言といえる。


教育問題として考えた場合、大きく三つのポイントで考えてみたい。

一つ目は憲法との関係。教育基本法は、その前文でも明確なように、憲法と理念を一にする平和と民主主義と基本的人権=個人の尊厳という三つの柱があり、これを実現するためには、「教育の力にまつべきものである」とされている。また短い前文のなかに、「日本国憲法に則り」、「憲法の理念を実現する」と、二回も強調されているように憲法と密接不可分の法律なのだ。したがって、教育基本法を変えるということは、憲法の理念である平和、人権、民主主義を捨てるということにつながるのだ。

二つ目は、前文、一条(教育の目的)に掲げられた「個人の尊厳」「個人の価値」ということ。これは、ひとりひとりはかけがえのない存在であり、何人にも侵されない権利をもつものであるということだ。国家との関係も、戦前の個人は国家のために存在するものとされていたが、戦後は個人が国家を形成し、国家は個人の権利を保障するものと位置づけられた。大田尭さんによれば、「教育基本法は、戦前の教育勅語をもとにして行われた臣民教育から主権者教育へ(サブゼクトからピープルへ)と大転換を果たした法律」ということだ。

また、個人の尊厳を重んじるということは、最大の人権侵害である戦争を否定し平和主義を示していることはいうまでもない。「お国のために命を投げ出す人間を育てる。教育の使命はこれに尽きる」という発言は、教育勅語そのものの発想であり、言語道断だ。

三つ目は、三条(教育の機会均等)。これは、義務教育は日本のどこに生まれ育っても、等しく一定水準の教育を無償で受けることができるとして、義務教育費国庫負担制度や教科書無償法などで担保されてきたが、現実には小泉政権での三位一体改革で地方分権の名の下に国庫負担制度は風前の灯であり、エリート教育、習熟度別教育、学区自由化、障がい児の分離教育など、できる者とできない者を「個性」「選択の自由」という名で分ける施策がすすんでいる。また、親の所得格差が教育の格差につながる実態も出てきている。

さらに教育の機会均等を真っ向から否定する、「できん者はできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振りむける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養ってもらえばいいんです」という三浦朱門氏(元文化庁長官、教育課程審議会会長)の発言には空いた口がふさがらない。しかも同氏が教育改革の方向を議論するポストにいることに、恐ろしさと怒りを禁じえない。
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