2002年4月5日〜12日
継続的な復興支援の必要性を実感
民主党女性議員アフガニスタン/パキスタン訪問団に参加

2002年4月5日〜12日の日程で民主党女性議員アフガニスタン/パキスタン訪問団に参加しました。

訪問団は岡崎トミ子参議院議員(団長)をはじめ、鎌田さゆり衆議院議員(副団長)、神本美恵子参議院議員の3人で、女性支援プロジェクト分野で活動するNGOの視察や、女性政治家・女性NGO活動家との対話などを中心に行いました。

さらに、現地の子どもたちや人々との交流を精力的に行い、印象深い初の海外視察となりました。


飛行機から撮ったアフガニスタンの大地
(神本撮影)
12日(金)に帰国し、記者会見で神本議員は、
「印象的だったのは国連機でカブールに入る時、飛行機の窓から見える景色が『アフガニスタンに入った』というのがはっきりわかるくらい、乾ききった大地と山々が連なっていました。
かすかに草も見えるが、廃墟になった村の家らしきものや、空港には壊れた飛行機が見え、知らず知らずのうちに涙がこぼれていました。
その同じ風景を帰りの飛行機で見ましたが、涙は出ませんでした。それはやはり、カブールの町でたくさんお会いした子どもや女性や男性の方が、復興にむけて精一杯活気を持ってがんばっている姿を見て、もう涙ではなく、私に何ができるのか、民主党にこれから何ができるのかということを考えさせられる帰路になったからではないかと思いました。


通訳のラヒームさんと神本議員
そして滞在中、通訳をして下さったラヒームさんに市民の目としての声を聞きたいと思い、インタビューをさせてもらいました。

彼はソ連が侵攻していた4年間、山にこもって義勇軍として戦ったそうで、私は率直な気持ちとして、『ソ連撤退後、なぜアフガニスタンを復興していこうという風にならなかったのか』と聞いたところ、『いろんな歴史が語っているように周辺の国が色々な思惑でアフガニスタンに対してちょっかいを出してきた。それに翻弄されたこの内戦の10数年だ』と淡々と語るその言葉の中には、言いようのない怒りがあったと思います。


アフガニスタン復興というのは、私たちよその国の人間が『可哀想な国』を手助けするというのではなくて、同じ時代を生きている人間の義務として、復興のプロセスを見守りながらできる限りの支援をしていかなければならないのではないかというように強く感じました。


日本国民一人ひとりの善意をアフガニスタンの復興に届けようということで始めたこの活動を、ずっと続けていただきたいし、続けていく一員としてがんばりたいということを強く感じました。本当にいい機会を与えていただいて有り難うございました。」
と述べました。


左から岡崎議員、ロッセーラさん、神本議員、鎌田議員
[※1]EMERGENCY
[戦傷市民むけの病院を運営するエマージェンシー(EMERGENCY) ]
エマージェンシーはミラノに本部を置くイタリアの団体。現在、イラク、カンボジア、シェラ・レオネ、アフガニスタンで戦傷市民に対する外科的手術を主目的とする病院の運営を行なっている。カブールにある病院のベッド数は110、昨年4月にオープンした。戦闘が続く中でも受傷者への治療を続け、多くの市民の命を救った。地雷被害に遭い手足を失った子どもの姿は実に痛々しい。
http://www.emergency.it/
また、団長の岡崎トミ子参議院議員は最後に、
「最後の活動でお会いしたロッセーラさん(EMERGENCY[※1])が『日本に対して望むことは、日本には平和憲法がある。それを大事にすることが大切なのではないか。日本ができることはそのことだ。武器を唯一この国に供与しなかった、売らなかった。そういう日本の信頼というのは平和憲法で証明されているのではないか』とおっしゃいました。これが私には大変印象深く、また大事にしていきたいなと強く感じました。」
と述べ、今回の訪問団の交流が意義深いものになったことが報告されました。


>>記者会見の会見録全文はこちら


[神本みえ子の活動記録ダイジェスト]