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| 2003年6月24日(火) |
| 少女の涙 |
昨日の深夜、再放送のNHKスペシャルに釘付けになった。
アフガニスタンの映画監督が映画を製作するプロセスを追ったドキュメントだった。
画面に大写しになった一人の少女。その瞳から大粒の涙がこぼれ、その後止めどなく流れ続ける。何故の涙なのか。涙をたたえた大きな黒い瞳の奥に何があるのか。
5歳の時から、働くことができなくなった父親と家族のために物乞いを続け、学校にも行けないまま13歳になっているというマリナという少女。
アフガニスタンには、虹をくぐると願いがかなうという言い伝えがあるという。
私も子どもの頃、同じ言い伝えを聞き、よく虹に向かって走り続けたことがある。
監督は、仕事も教育も外出の自由さえも奪われ、戦乱の中を生きてきたアフガニスタンの女性たち、子どもたちの「希望」を描くために『虹をくぐる』という映画をつくりたかったのだそうだ。
その主役探しで何百人もの子どもたちに会い、見つけたのが物乞いをしていた少女マリナだ。しかし、映画を撮り続けていくうちに、虹をくぐる場面でどうしても笑顔になれないマリナ、泣いてはいけない場面で涙が止まらなくなってしまうマリナの悲しみの深さに触れて、シナリオは何度も書き直され、とうとう結末も題名も変更せざるを得なくなった。
『希望』を描きたかったのに、マリナという少女を通じて、アフガニスタン女性や子どもたちが背負っている、あまりにも深い悲しみと重い現実につきあたり、監督自身が変容を迫られていくというドキュメントだった。
時折映るカブール市内の様子に昨年訪れた時の街のにぎわいを思い出し、懐かしさを覚えながらも、その時に触れ得なかった、アフガニスタンの人々の心の傷が少女の涙を通して迫ってきて私も涙を抑えることができなかった。
今朝8時から、党のイラク問題等プロジェクト・チームで「イラク特措法案」と、テロ特措法案の勉強会があった。
「国益」に沿って判断を「集団的自衛権と集団安全保障」「自衛隊を出すなら武器使用基準緩和で」などの意見を聞きながら、昨夜の少女の涙を思い出していた。
私は、日本の国是である、(1)専守防衛、(2)国連中心主義の観点から、イラク攻撃自体が国連憲法違反であり、今回の法案は廃案をめざすべきという意見に賛成だ。
イラク支援もアフガン支援もあくまで当該国の政権統括のもと、国連主導のサポートであるべきだ。
占領軍である米英軍の指揮下にあるイラクに自衛隊を派遣するなどもっての外だ。 |
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