政策 経歴 国会活動 ニュース 気まぐれ日記 コラム ギャラリー トップ
トップ > 国会活動 > 調査会での発言 [2004年] > 共生社会に関する調査会 [2月18日(水)]
国会活動2004年
2004年2月18日(水)
共生社会に関する調査会
共生社会に関する調査・参考人質疑
■参考人(敬称略・順不同)
 玉村 公二彦 (奈良教育大学助教授)
 永長 徹 (佐倉市立根郷中学校教諭)
 山本 和儀 (NPOわかくさ大東地域リハビリテーション研究所所長・帝京平成大学健康メディカル学部教授)
 別府 悦子 (中部学院大学人間福祉学部助教授)
狩野安・共生社会に関する調査会会長(以下、狩野会長)
ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。共生社会に関する調査のうち、「共生社会の構築にむけて」を議題といたします。

本日は、障がい者の自立と社会参加に関する件のうち、共生の感覚の育成について参考人から意見を聴取いたします。
本日は、奈良教育大学助教授玉村公二彦さん、佐倉市立根郷中学校教諭永長徹さん、NPOわかくさ大東地域リハビリテーション研究所所長・帝京平成大学健康メディカル学部教授山本和儀さん及び中部学院大学人間福祉学部助教授別府悦子さんに参考人として御出席をいただいております。

この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。参考人の方々から、障がい者の自立と社会参加に関する件のうち、共生の感覚の育成について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。

議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ15分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。それでは、玉村参考人からお願いいたします。玉村参考人。
玉村公二彦・参考人
奈良教育大学の玉村でございます。
今日は、障がい者の自立と社会参加に関する件ということで、共生の感覚の育成ということについて調査会では御議論されるということで、私は、障がい者の自立と社会参加ということで、障がい者教育の立場からお話をさせていただきたいと思っています。

共生の感覚の育成ということでいいますと、障がいのあるなしにかかわらず、主権者としてやはり生きているという実感があって、そういうことが前提として共生の感覚というものが生まれるのではないかというふうに考えています。そういう意味で、障がい者あるいは障がい児の教育の確立というものがあってこそ共生の感覚というものも生まれてくるのではないか、こういうふうに考えております。

今日、皆様方のところに、お手元に4枚のレジュメを用意をさせていただきました。2枚がレジュメになっております。それに障がい者教育の体系図及び現在の状況についての図を付けたもので4枚になっております。

まず初めに、一番目のところとして、共生社会あるいは社会参加と自立を目指す教育の全体的な枠組みということで、特に障がい者の側からいってみますと、盲・聾・養護学校やあるいは障がい児学級というものがあって、あるいは通級による指導というものがあって障がい児教育が成り立っているわけでありますけれども、そればかりではなくて、学校外教育であるとかあるいは成人教育、こうした社会教育の面でも障がい者の方々が学習をしていくというとこら辺が大切なことだと考えています。

その学校教育と学校外教育あるいは社会教育、トータルに併せて生涯学習というふうに考えてみますと、障がい者の社会参加と自立のために生涯にわたって教育支援の在り方というものがどういうふうになっているのかと、こういうようなことで、そういうことがテーマになるのではないかというふうに考えております。

これまで、障がい者教育のところは、社会教育あるいは生涯学習というところまで全体として考えられてきたわけではありません。といいますのは、一番目で書きましたけれども、障がい児教育の歴史というものがありまして、1979年の養護学校教育義務制までのところでいいますと、障がいの重い人たちに対しては就学猶予であったり免除という形で学校教育がなされてこなかったという歴史があります。学校教育法が制定をされて以降、四半世紀にわたって障がいの重い人たちが学校教育のところから疎外をされてきた、こういうものが1979年の養護学校教育の義務制によって学校教育の中の対象になってきた、こういうことがあります。

さらに、その後、1990年代なのでありますけれども、通級による指導というものが始められて、通常学級にいる子どもたちも通級支援教室というところに通って支援を受けるということになってきまして、徐々に障がい児教育の枠が拡大をされてきたという歴史を持っています。
そこに書きましたように、障がい児教育の歴史は、まず初めに盲・聾学校の中心の時期、養護学校と障がい児学級の整備と義務教育制度が確立をしていった時期、そして通常学級に在籍をする障がい児にも障がい児教育が提供されようとするような時期へと至ってきた、こういうような歴史をまず踏まえておきたいと思っております。

したがいまして、学校教育がなかなか未確立であったというようなこともありまして、学校外教育あるいは成人期教育も障がい者の分野のとこら辺では十分成立をしてこなかったということがあります。これについて、また後でお話をさせていただきたいと思っています。
先ほど、主権者として生きているという感覚というものが非常に重要なのではないか、障がい者が主権者として生きているという感覚が非常に重要ではないかということについてお話をしました。そういうものが障がい児教育の制度によって支えられているというような観点から現状を考えてみますと、.二番のところで少し、資料になりますけれども3ページ目めくっていただいて、今の障がい児教育の制度が学校体系の中に位置付けておりますけれども、今はどういうような障がい児教育の制度になっているかということを図示してありますので、参考にしていただきたいと思っています。

一つは、障がい児学校、盲・聾・養護学校です。もう一つは、小学校、中学校のところで設置をされている障がい児学級、法的には特殊学級というふうに言われています。さらには、通級指導教室などによって通級による指導ということが展開をされています。しかしながら、これだけが障がい児教育ということじゃ必ずしもなくて、通常の学級の中でも、例えば通常の学力を形成をすることができる肢体不自由の人であるとか筋ジストロフィーの人であるとか、そういうような方々も通常の学級の中で学んでいますので、そういうような通常の学級のとこら辺での障がいを持っておられる方、障がいのある方々の学習というものがあるということを示しています。

戻っていただきまして、そういうようなとこら辺での現状の障がい児教育の評価をどう考えたらよいのか、あるいは課題をどういうふうに考えたらよいのかということについて5点ほど、現状評価の観点と課題をそれぞれ5点ずつ示させていただきました。時間もありませんので、それぞれレジュメの2枚目に示した5点は障がい者教育の課題というようなことにかかわっていますので、課題ということでまとめてお話をさせていただきたいというふうに思っています。
まず第一に、現行の障がい児教育機関の量的な推移ということについて、どうなのかということについてお話をさせていただきたいと思います。
先ほど、盲・聾・養護学校、障がい児学級というようなことが、あるいは通級による指導ということが障がい児教育の制度になっているんだというようなことをお話をさせていただきました。

最後のページめくっていただきますと、障がい児教育在籍者数の推移ということがあります。グラフになってございます。その中に、ずっと下がっているところのグラフがありまして、それは障がいのあるような方ということではなくて、義務教育学齢児童数、小学校、中学校の学齢児童数の推移でございます。これは100万単位でございます。そういう意味でいうと、少子化ということが言われていますが、150万人ぐらいからどんどん減って110万台になっているというようなことでありますけれども、それに対して、障がい児教育在籍者数ということでいいますと、一番上のグラフを見ていただきたいと思いますが、1996年までのところで若干減少をしていますけれども、その後増加に転じております。障がい児学級あるいは養護学校あるいは障がい児学校などが手厚い教育をしているということがあって、その期待の表れではないかというふうに考えています。

在籍者数が増えているんですけれども、障がい児学校数は増えていないというようなことで、例えば、今私は奈良に住んでいますけれども、奈良の養護学校、特に知的障がいの養護学校のとこら辺ではクラスがなくて、特別教室を普通クラスに転用してやらざるを得ないというような状況になっています。10年前あるいは20年前に100名台ぐらいの規模で作られてきた養護学校に200名弱の子どもが通っているというような事態になっています。こういうことでありますと、先ほど言いましたけれども、共生の感覚というようなことで障がい者自身が輝いていくということがなかなかないということがありますので、課題という形で、障がい児と父母の期待にこたえて障がい児学級、障がい児学校の適正規模での地域配置を行うなど、現行の障がい児教育制度を充実をさせるということが共生の感覚を培っていく上で非常に大事なことではないだろうかということを挙げさせていただきました。

二番目なんですけれども、先ほど、通常の学級のところでも障がいのある人たちがいますよというようなお話をさせていただきました。統合教育という形で進められているところもございます。あわせて、しかしながら、従来は障がいということでは必ずしもなかったというようなことで、学力の遅れのあるような子どもさんであるとかいう形でとらえられていた子どもさんたちの中で、例えば学習障がいであるとかADHD、注意欠陥多動性障がいとか、あるいは高機能自閉症など、学力は付いていくんだけれども、あるいは社会性に何らかの問題があるような子どもたちの問題も今政策的な課題になってきていると言われています。

文部科学省で行われた調査でも、約6%の割合で通常学級に学習障がいであるとかADHD、高機能自閉症などの子どもさんたちが在籍をしているのではないかというふうに言われていますし、最後の図のところで、これは広島大学の落合先生の作ったグラフなんですけれども、一番上のペケになっているのが特殊教育の在籍者数なんですけれども、ぐっと一番右肩上がりになっているのが50日以上の欠席者、児童ということなんです。通常学級の中で長期欠席になったりあるいは不登校になったりというような子どもさんたちも含めてその原因を追求をしていくと、現在の障がい児教育の範囲を超えたところで障がい児教育のリソースというものを提供していく必要があるのではないかということも含めまして、LD、ADHD、高機能自閉症など、通常の学級に在籍をする特別な教育的ニーズを持つ子どもなどへ教育対象を広げて、それに伴って教員配置を行うなど、教育条件整備を行うことも非常に大きな課題になっているのではないかというふうに思っています。
別の参考人の方もこのテーマでお話をするので、その方に譲りたいというふうに思っています。

三点目なんですけれども、障がい児学級や障がい児学校の教育実践の蓄積に基づいて、子どもの発達の力量を確実にするために、やはり後期中等教育段階の教育を充実をさせていくというようなことがあると思います。基本的には高等部、養護学校の高等部なんですけれども、先ほどのLD、ADHDなども含めて考えてみますと、通常の高校などのとこら辺でも、そういうような支援の体制というものが取られないといけないというふうに考えています。
さらにですけれども、自立と職業準備を視野に入れた専攻科などを養護学校の高等部などに設置をして、希望すれば20歳まで教育年限を延長できるようなシステムを構築をするということも大事なことではないかということがあります。これは五点目の、少し、生涯にわたる学習というようなことともかかわってお話をさせていただきたいと思っています。

四点目なんですけれども、父母の負担といいますか、父母と子どもの関係、やはり社会参加をしていく、自立をしていくというようなことですので、思春期、青年期において、先ほどの高等部の充実やあるいは専攻科を設置をするというような問題ともかかわり合いますけれども、自立をした生活の中で教育を受けていく、こういうような経験を充実をさせていくということが大事なことではないかと考えております。
その場合、必要に応じて、やはり寄宿舎やグループホームなど、親から離れたところで生活をする経験というものも大事なことであります。肢体不自由の子どもさんなどの場合はなかなか、親御さんの介護の問題もありますので、そういうことができていかないわけなんですけれども、教育としてそういうような、少し離れて自分自身を客観的に見詰めたり、親御さんも少し今後のお子さんたちの社会参加あるいは自立を考えていけるというようなことについて実践ができていけるような方向にすべきではないかというふうに四点目は思っております。

最後でありますけれども、冒頭お話しさせていただきましたけれども、生涯学習ということで、障がい者の方々の生涯的な学習というものがやはり必要なんではないかというふうに考えています。
実は、ここに来させていただく一番の私自身の個人的な動因になりましたのは、私、ずっと障がい児学級や養護学校の子どもたちを毎年毎年発達を見させていただきながら、義務教育段階の継続的な調査をさせていただいたことがあります。そのところで、お母様方やいろんな方と知り合いになったんです。その調査が終わりまして数年たったときになんですけれども、あるお母さんから、20歳になりましたというようなお手紙をいただいたんです。そこのところでは、子どもといいますか、障がい者なんですけれども、知的障がいのお子さんなんですけれども、とてもうれしそうな顔でネクタイと背広を着て写っていたんです。京都や奈良のところでは障がい者のための成人式も執り行われているというようなこともありまして、非常にそういうことでうれしかったというようなことがあるわけなんですけれども。

考えてみますと、18歳で知的障がいの人たちの多くは養護学校の高等部を終えるということになるわけです。20歳までの間、例えば、統計上は無業というようなことになりますけれども、作業所に行ったり、施設に行ったり、そういうようなところでいろんな社会参加をしていくということがあるわけですね。
ふと思ってみたんですけれども、20歳になったときに何をするのかということを考えてみますと、自立の一歩あるいは社会参加の一歩ということで一票を投ずると。ここは参議院ですから、今年は参議院の選挙もあるというようなことでございますので是非とも強調しておきたいんですけれども、そういうような投票をすると、知的障がいの人たちが。
それで、作業所の人たちなどのところで障がい者の人たちの投票行動というのは一体どうなっているんだろうかというようなことをお話を伺ったり調査させていただいたことがあります。お母様方あるいは作業所の指導員の方々、実は大変お悩みで、知的障がいがあって本当に分かるのだろうかというようなことも含めて、投票という行為が分かるのだろうかということがあるというようなことでございますけれども、考えてみますと、養護学校の高等部のところで生徒会の選挙をやっているわけですね、その子どもたちも。それで、18歳、19歳と、作業所などのところでも自治会を作ったりしてそういうことをやってきているわけです。

ですから、もう時間ですので、20歳になるまで教育という形で、生涯学習の第一歩という形でその人たちが社会に目を開いていくような支援というものができないか、そのためには専攻科であるとか、そういうものも作られていいのではないか、こういうふうに考えている次第です。少し長くなりましたけれども、意見を言わせていただきました。ありがとうございました。
狩野会長
ありがとうございました。次に、永長参考人にお願いいたします。永長参考人。
永長徹・参考人
よろしくお願いします。
自分は、千葉県の佐倉市にあります公立中学校の一教員です。このような席で意見陳述あるいは提言という立場ではありません。自分は数学の教員で、障がい児教育とか福祉教育とか、そういうものには全くの素人ですし、知識、理論はありません。ただ、本校が開校以来取り組んでいた福祉学習の実践の報告を今日させていただいて、自分自身もこの実践を通して感じたもの、それから巡り合った人たちからいただいたもの、これを少し御披露させていただければと思ってここに参りました。よろしくお願いします。(OHP映写)
本校は佐倉市立根郷中学校といいます。平成9年の4月に新興住宅地の中に開校いたしました。市内では一番新しい学校です。本年度7年目を迎えます。
本校は、開校当時より地域開放型の校舎の造り、それから校舎内の設備等もそれを意識した造りが施されておりまして、体育館、温室プール、さらには隣に市立図書館が連結しているというような非常に恵まれた立地条件で子どもたちは学習をしています。

開校以来福祉教育に取り組んだ大きな理由の一つに、今写真にごらんいただけるかと思いますが、グラウンドのフェンスを隔てて隣に福祉の施設がございます。この施設は、視覚障がいの方を中心に利用されているんですが、重複障がいの方、重度の方もいまして、通所の形で利用されている方、それからこの施設の中で生活をしている方が実際にはいらっしゃいます。当然、この施設の利用者の方が白杖を持つような形で学区内を白杖訓練あるいは散歩という形で本校の生徒と道々行き違う、擦れ違う姿というのは日常のことになります。本校が開校したときにはもう既に施設がある形になりましたので、お隣付き合いという意味で福祉教育に推進しようという引き金になった一つです。

本校の過去の取組ですが、先ほど申し上げた9年度の開校のときにはボランティアクラブという20数名の、ほんの一部の生徒を対象にして福祉の体験を、隣の「愛光」さんなどなど、職員の方の御協力などを得て実施しました。その翌年、10年度、今度は対象を全校の生徒に広げました。ただし、この10年度はあくまでも点字と手話を、技能的なものを習得しようという授業に的を絞った形で展開しました。様々な問題もありまして、11年度以降を根郷中プランと呼ばせていただいていますが、広く浅く福祉教育をという形で計画を立てて、現在に至っています。本日のお話は、この11年度以降の根郷中プランの実践について報告をさせていただきます。

本校は、福祉教育を進路指導の中の一部と考えています。進路指導といいましても、今で言う生き方指導、広い意味の進路指導になりますので、中学校の生活にあるすべてのものが生き方指導であるという広い視点で考えています。その生きる力の中の、特にともに生きる力ということをクローズアップして本校は福祉教育の目標を、今ごらんいただいているような目標を定め、実践することにしました。
実際のプランの具体的な目標としては、気付き、考え、行動できるという形のボランティアスピリットを養成して、卒業、その後、市民となったときに、できれば共生社会の担い手になるような子どもたちが巣立ってくれればという思いでプランを作っております。

具体的な内容ですが、1年生は最初の段階として、障がいを知るという形のテーマを掲げました。柱は四本です。障がいについての講話。これは、それぞれ障がいを持たれた方を講師としてお呼びして、それぞれの障がいについての知識的なことをお話ししていただきます。その次は、これはよくいろんな学校でやっておりますが、車いすの介助、ガイドヘルプの体験。さらに、その体験を経て、学区内に出て、学校の外、ふだん通い慣れている道、横断歩道、歩道などなどを歩くことで、違う視点、違う気付きを期待した授業。さらに、四本目の柱としては、先ほど紹介しました隣の施設の利用者との交流という形の内容です。

今ごらんいただいている写真は、それぞれ視覚、聴覚、肢体不自由という形で、障がいを持たれた方にお話をいただいています。
車いすの介助、さらにガイドヘルプに関しても、我々ができることを子どもに教えるのではなくて、直接お仕事として施設の職員あるいは市の、佐倉市のガイドヘルプとして職業として行っている方に来ていただいて体験をします。
体験を生かす場面として、実際に外に出て、様々な、ふだん何げなく通っているものが障がいに感じる、邪魔なものに感じるということを体験します。写真はないんですが、隣の「愛光」さんとの交流は本年度初めて実施したものです。

2年生ですが、テーマとしてはともに生きている人たちと語り合うということで、1年生のときに障がい者当事者、障がいを持たれた当事者の方との触れ合いというのを中心に行っているんですが、それを2年生の段階では、その周囲で支えている方に、これも学校の方に来ていただいて様々なお話をしてもらいます。支えている方は、ボランティアグループ、様々なボランティアのグループに来ていただいています。

写真は、「あうん」というグループ名で、目の不自由な方にテープを、市の広報であるとか読み物をテープで吹き込んでお届けしているような活動をしているグループです。
市の福祉協議会の職員には、実際にボランティアとして様々な活動をしているものを紹介してもらって、紹介を受けた子どもたちが自分にできるボランティアを夏休みなどの期間に体験するような意識付けの話をしてもらいます。
「おもちゃ図書館」、これもボランティアグループなんですが、知的障がいがある小さいお子さんと健常な子どもたちを一緒の場でおもちゃを通して、そういう場を提供している方です。
それから、家族の方。写真の方は御長男が重い障がいを持たれた方です。お母さんの立場でお話をしてもらいます。
10年度に点字、手話の講座に限って授業を行っていたんですが、やはり技能習得には、年間10時間程度でも結局は月に一度ですので習得を目指すことが無理ということは分かりました。それ以降、根郷中プランになってからは、時間的には年間4時間という形で減ってはいるんですが、逆に技能習得を目指すよりも、逆に聾者の方それから目が見えない方との触れ合いの時間であって、手話、点字を通したコミュニケーションを図るような機会を提供できているのではないかというふうに感じています。

特に、毎年毎年改善をしているつもりで進んでいるんですが、点字の授業も隣の施設を利用している方に来ていただいて、子どもたちが自分で打った点字を読んでもらって、といってもまだ自分の名前が打てるか打てないか程度なんですけれども、何々さんと利用者の方に読んでもらってにっこりできるというような場面です。利用者の方も、ふだんどうしても交流している人間の数が少ないので、学校に出むき、中学生、子ども相手なんですけれども、たくさんの人たちと触れ合う機会を隣の施設の職員の方も喜んでくれています。

手話に関しても、一つの教室に市の聾者協会の方が講師として来ていただきます。写真にはありませんけれども、生徒の後ろに、手話のボランティアグループの方が2名必ず来ていただきます。講師の方と子どもたちとのコミュニケーションがうまくいかないときに助けていただく、通訳していただくという形です。もちろん、学校の教員、担任もおりますので、一つの教室に大人が4人で一つの授業が成立するという形になります。右下の写真の子どもたちの後ろに立っていられる方が手話のボランティアのグループのお二人です。

本年度、2年生では養護学校との交流、さらに聾学校との交流もカリキュラムに組みました。これも本年度初めてやったものです。組んだ我々としても、実際に行って子どもたちがどういう取組をしてくれるのか非常に不安だったんですが、結局は、年間を通して行っている福祉の学習の身に付いたものをこの場で子どもたちが、同じ年齢の養護学校、聾学校の子どもたちの前で変わった自分を出せた、変わった自分を見付けられたというような場面になったのではないかというふうに感じました。

3年生は、更に視点を、社会全体に視野を広めようということで、共生社会の実現にむけてという形で学習内容を組みます。街の点検、福祉施設の訪問、さらに福祉社会を考えて三年間で学んできたこと、それから自分の夏休みなどの体験も含めて意見を発表して終わり、卒業というような形のカリキュラムです。

街の点検は、1年生のときには実際、車いすあるいはアイマスクという形で学区を、学校の外に足を運んでいるんですが、今回はテーマを与えます。本屋で本を買う、コンビニで物を買う、郵便局ではがきを出すなどのグループごとのテーマを与えます。さらに、範囲も広げて、公共の機関にも乗ってみる。そこでそんな街を、支援する立場と、車いすを介助する立場、ガイドヘルプする立場と車いすに乗る立場、アイマスクを付けた立場、両方の立場から気付いたことを記録して発表し合うというような形を取っています。

子どもたちの授業内容は、当然いつもいつも公開できるわけではないので、保護者の福祉教育に理解を広めるという形の行事を年間1度の割合で開催しています。今写真に出ておりますのは、忍足さんという耳の不自由な女優さんで、映画なども何本か撮られている方ですが、トークショーをしていただいています。

それから、この写真は千葉県の車いすのバスケットのチームなんですが、先日も大きい大会で日本一になってくれたチームなんですが、実際に試合を見せてもらったり、子どもたちも車いすの、バスケット用の車いすに乗ってというような交流もします。
それから、つい先日、やはり行事として、目が不自由な方たちを中心とした新星七八という団体があります。クラシックのコンサートを開いてもらいました。ただ音楽をということではなくて、それぞれ人生の途中で目が不自由になられた方もいますし、生まれ付き不自由な方もいらっしゃるわけですが、音楽に対する情熱とか、夢を持つことの大切さなどなどをインタビュー形式で、本当に子どもに分かりやすいような内容の話をしてもらっていました。

さらに、これは小中の連携というテーマの行事なんですが、その行事のテーマも福祉関係のテーマを取り上げています。隣接の学区内の小学校なんですが、3年生を呼んで中学2年生が、ごらんのようにグループになって、ミニ先生になって手話を教えている場面です。教える立場になったとき、それから自分より小さい子どもに何か伝えようとしたときの生き生きした表情が、我々教員にもいつもの表情とまた違う表情を見せてくれました。

こちらは、4年生を対象とした点字をやはりミニ先生になって教えている場面です。我々職員の研修も、生徒と同じような立場で、白杖の体験、アイマスクの体験、ガイドヘルプの体験などなども含めて行っています。隣接の図書館の職員も一緒に交えて研修をしたり、我々の意識を変えることの大切さもこの7年間の歩みの中で強く感じている一つです。

授業前後の講師の打合せです。授業が成功するかどうかという点では、先ほど申し上げたように大人がたくさんいる授業ですので、前後の打合せが必要になってきます。

お時間がありませんが、実際にこういう形で福祉の教育を実践しているわけなんですが、子どもたちにどうしてもつかんでほしいのは対等の意識です。何かしてあげるとか、言葉は悪いですけれども、上から下に見下ろしたような形の視点ではなくて、対等の意識が、人間観が作り上げられればという気持ちでやっています。

子どもたちの変容は遅いです。目に見えないものもたくさんです。ほとんどだと思います。我々も手ごたえを感じない部分はたくさんあります。ですが、10年、20年、卒業までの3年間で何かということではなくて、10年、20年先の、この卒業した子どもたちのどこかにいつか何かが芽生えてくれるんじゃないかという気持ちで、それを期待して子どもたちには伝えるべきことを伝えようという機会を提供し続けたいと思っています。
以上です。ありがとうございました。
狩野会長
次に、山本参考人にお願いいたします。山本参考人。
山本和儀・参考人
私は昭和48年から子どもたちのノーマライゼーションに取り組んできました。それは、専門家から物を見るものではなく、当事者、保護者の方の、どういう生き方をするかという選択ですね、自己決定を大事にしてきたんです。
私自身は、非常に極論を言って申し訳ありませんが、私は養護学校は差別教育だと思っております。統合教育は、本来ノーマライゼーションを進めていく上に非常に大事な教育であり、分離教育というのは差別を助長するだけだという具合に感じています。そのことを通してお話を進めていきたい。(OHP映写)

自立の基本的な考え方というのは、以前は日常生活を一人で営むことができることということだったと思うんですけれども、今は自分の生き方を自分で決めると、人に決めてもらうんではないということだと思います。特に専門職、専門家という人たち、私自身もそうですけれども、医療、福祉、学校教育の専門家が子どもたちを差別してきたという具合に、こう思っています。それは、当事者が望む地域で生活することを許さなかったと、いわゆる就学指導委員会なるもので子どもたちを差別してきた、そういう歴史が今日的な課題を残しているという具合に思っています。

共生の基本的な考え方は、共生の前提となる思想というのはノーマライゼーションです。障がいの程度あるいは種別、あるいは重度、軽度に関係なくすべての人たちが地域で生活できる環境を整備することが本来、我々専門家と言われる立場の人たちの役割であり、その中で彼らが、彼らを支援していくことが本来的であるという具合に思っています。

さらに、ノーマライゼーションの具現化として必要なことは社会的あるいは人的バリアの除去。特に人的バリアが障がいを持つ子どもたちあるいは保護者の方々を非常に苦しめてきた歴史があるんだと。そこを専門家は分かっていないと。自分の知識、技術を、あるいは哲学を子どもたちあるいは保護者に押し付けてきたという具合に考えています。ともに育ち合う機会というのは正に統合保育、統合教育であり、そのことなくしては成り立たないと。さらに、そのことを理解してもらうためには地域全体が変わっていく必要があると。環境整備ということになると思います。

ここで、大東市の実践を述べていきたいと思います。大東市は、昭和48年から統合保育、統合教育を目指して進んできました。54年には大東市障がい児教育基本方針というものを打ち出し、すべての子どもを校区で見ていこうと、そして必要な支援は教育委員会が担っていくということです。これはハードとソフトの一体となった取組です。

これは療育センターです。療育センターは、子どもたちをできるだけ早く保育所に送り出すこと、あるいはそのための、保育所の子どもたちの交流、さらに子どもたちを、保育所に行った後、専門家が保育所に出むいて保育士と一緒に療育を継続していくというシステムを取ってきました。さらに、学校に上がる前には、それぞれの学校がハード、ソフトの整備をやっていく。手すり、スロープ、だれもが使えるトイレ、あるいは訓練室を用意する。さらに、重度の、学校の給食が食べられない子どもに対する配慮として、調理コーナーを設けて子どもたちが食べられるようにしていくと。そして、その子に合った机、いす、そういうものを用意する。また、一方、校内研修会を開いて、校長以下すべての教職員と療育について話し合うと、子どものかかわり方について話し合うというシステムを作ってきました。また、通学保障。通学保障として、必要な子どもにはタクシー通学を保障していく。さらに、療育を継続すると。そして、必要な医療的な側面、地域の開業医の方を、校医になってもらって、そういう必要な情報を提供してもらう。

あとは子どもたちの表情を見ていただきたいと思います。ともに生きること、ともに学ぶこと、重度、軽度に関係なくそういう準備をすることこそ本来教育のある姿だという具合に思っています。子どもを囲い込んだり、子どもたちから分離したやり方というのはノーマライゼーションを推進しないという具合に思っています。それは高齢者の場合も全く同じですが、この場合飛ばしたいと思います。
これは充実期という形でお話しさせていただきたいと思いますが、中学卒業後の子どもたちの療育を、在宅訪問あるいはいろんな形で支えていくというのは地域の行政の役割であると思っています。

大東市は、60年に理学療法課、現リハビリテーション課を設置して、トータルに子どもを、あるいは高齢者、すべての人を支えていくシステムを作っていった。さらに、そのためにはあらゆる機関とネットワークが必要であるということ。さらに、そのことを理解してくれる地域住民の協力と参画が必要です。
リハビリテーション事業というのは以下のとおりです。高齢者の機能訓練事業やあるいは在宅訪問、保健所とかあるいは病院とか、そういったところと連携を取りながら地域全体を包括して支えていくというシステムが重要です。

これは中学以下の、卒業された後の子どもたちのリハビリテーションの保障ですね。
これは脳血管障がいの方の在宅での生活です。決して家に閉じ込めない、通所あるいはレクリエーションを含めた地域活動をやる、そのことでその人を支えていくということです。在宅訪問も、障がいのある子どもを支えるためにやるということと通所に来てもらうということ、さらに、子どもたちにとって大事なデイサービスとかそういうことを充実していくことが地域で支えていくことで、決して子どもを囲い込まないということが大事だと思います。
関係機関とのネットワークとサービスの提供の一元化、一番大事なのは自分たちで囲い込まないということなんですね。教育は教育の中で、あるいは養護学校の中でということではなく、校区の中で、学校の中で、いろんな地域との連携、民生委員との連携、ボランティアとの連携、あるいはその他の関係部局といいますか、専門家との連携が必要です。
障がい者を支える町づくりというのは、具体的には家庭介護講習会を開いたり、あるいは地域リハ祭り、住民に知ってもらう啓発事業を展開していくことで地域が変わってくると。ノーマライゼーションの基盤は私は統合教育にあると信じております。そのために必要な手だてを教育委員会あるいはそれぞれの部局がしっかりと考えていくこと、支えるシステムを作ることに尽きるという具合に思っています。
これは市民が行っている啓発です。家庭介護講習会であったり、あるいは大きなイベントであったり、その中には医師会、薬剤師会、保健所、いろんな人が参加すると。そのことで地域が変わっていくんであって、ノーマライゼーションはあらゆるところから手を付けていくという戦略が必要です。
就労はいろんな形の就労がありますが、一番大事なのは一般企業に就労できるためにどういう条件が必要なのかということをしっかりと一方では施策化し、一方では実践していくことだという具合に考えています。
時間が気になって早く終わりましたけれども、あとは質問でしていただければそれでいいと思います。どうもありがとうございました。
狩野会長
ありがとうございました。次に、別府参考人にお願いいたします。別府参考人。
別府悦子・参考人
本日、この場にお呼びいただいたことに深く感謝申し上げます。
私は、文部科学省や岐阜県の事業によって小中学校を訪問し、LD、学習障がいですね、ADHD、注意欠陥多動性障がい、そして高機能自閉症などの特別な支援が必要な児童生徒の相談活動を行っております。

まず最初に、私がある小学校で相談を受けた子どもさんの漢字学習の様子をごらんいただければ幸いでございます。(OHP映写)
この子どもさんは、ごらんのように、一生懸命字を書こうとしています。けれども、どこから書いたらいいか分からなくて、次のようにつなげていくわけですね。無限の無という字ですけれども、混乱してしまって消してしまっております。もう一度書き直すわけですけれども、今度は横、縦4本、横棒というふうに無という字を書いています。ところが、次ですね、次は右から二番目からというふうな形で書いています。というふうな書き方になるわけです。

恐縮ですが、お手元にパワーポイントのスライドを印刷していただきましたので、それを見ていただければ大変幸いに存じます。
その3枚目ですけれども、ここにこの子どもさんが書いた作品があります。ここに帯という字がありますが、この子どもさんの特徴は、今ビデオでもごらんいただきましたように、書けば書くほど間違い、あるいは、この帯という字ですね、縦が、上の部分が縦3本線なんですけれども、それが4本になったり6本になったりというふうに、書けば書くほど間違っていくというふうなことになります。そして、書き順も、今ごらんいただきましたように、毎回どこから書いたらいいのかなというふうに迷いながら書いているのでございます。先生が修正されて、帯の上の部分を正しくなったら、今度は下の巾の部分が上下ひっくり返るというふうな具合になっております。

この子どもさんは、就学のときには学習困難を指摘されませんでした。それで、通常学級に在籍しているわけですけれども、小学校3年生になるまでこういう状況が学校では把握されていませんでした。しかし、本人は、今ごらんいただきましたように、うまく書けないという悩みを抱えながら、あのように何度もせき込みながら何度も書き直すというふうなことを繰り返しておりました。決して怠けているせいでも意欲がないわけでもないのです。授業中に鉛筆を持ったままじっと動かずに過ごしている場面にも出会いました。ついには学校にうまくなじめずに欠席するということもありました。

そこで、学校から要請がありまして、教育委員会の主事と相談に入り、そして文部科学省のLD児の指導体制充実事業の対象校になったこともありまして、学校を挙げてこの子どもさんの漢字学習に取り組まれました。様々な教材や教授方法によるLD、学習障がい児の実践が活用されたのです。この子どもさんには、通常の子どもさんがよく使うようなドリルですね、そういうものを使って繰り返し覚えれば漢字が定着するというような漢字学習ではなく、心理検査から把握された特別な分かり方、いわゆる認知特性というふうに呼ばれておりますが、そういうものに配慮した特別な教え方、特別な指導方法を一斉授業の中で実施されました。その結果、この子どもさん、かなり漢字が書けるようになりました。
そして、大きな変化が二つありました。

一つは、クラスの子どもたちの漢字学習にとっても好影響があったということです。いわゆる、丁寧に様々な教材が使われる中で、ほかの子どもさんにとってもいい影響があったというふうなことです。東京の成蹊大学の牟田悦子先生も指摘しておられますが、特別配慮の必要な子どもさんたちにとって必要な教育は、周りの子どもたちにとっても必要なユニバーサルな教育というふうなことです。これは、現代、学力低下、これは私、大学勤めていても感じることでありますが、この学力問題を考える際にも重要な点を示唆しているのではないかというふうなことを考えております。

二つには、学校の先生方がまとめられた中に、この子どもさんへの取組を通して学級に、互いの良さを認め合い尊重し合う温かい学級になっていったというふうなことです。その学校の教育相談の質が向上しました。これは、人権や思いやりの意識向上が子どもたちから育っていったという点で、単に上から徳目的に教えるというのではなくて、真の意味での心の教育というふうなことを考えてもいいのではないかというふうに考えております。

このように、発達障がい児をクラスの中で位置付けることは非常に重要であり、共生社会の担い手を育てる意味でも非常に重要ではないかというふうなことを感じています。しかし、通常学級の中ではこうしたLD、ADHD、高機能自閉症などの特別支援の必要な子どもに対しての理解や対応、そして支援体制が十分ではなく、様々な混乱や誤った対応が行われているのも事実です。

今、このような子どもたちを軽度発達障がい児と呼ばれておりますが、この子どもたちの対応の不十分さからくる二次的な問題が生じていることが児童精神科医師や教育研究者の中でも重要視されています。それは、例えば先ほど見ていただいた子どもさんのように、学習障がいの子どもさんが一般の子どもさんの中においてよりも不登校の率が高いというふうなことです。

これは京都府の総合教育センターの調査により、一般の子どもの学習障がいの率よりも不登校の子どもの中においての学習障がい児の率がかなり高いというふうな数値が出ております。さらに、ADHD、注意欠陥多動性障がい児の併存障がい、これはほかの精神医学的障がいを併せ持つという、この特定の疾患だけではなくてほかのものも併せ持つという意味ですが、この併存障がいとして非行や反社会的な行動を起こすグループに移行する児童が一定数あるというふうな調査結果が国立精神・神経センターの調査より明らかになっております。

また、昨年の長崎の少年の事件のように、高機能自閉症やアスペルガー症候群の子どもの犯罪についても看過できない問題です。もちろん、発達障がい児がこのような問題を起こすということではなくて、問題の発見が遅れ、支援が十分でない、適切でない支援が行われていることが様々な要因と重なり合って特異な事件になったというふうなことを強調しておきたいと思っております。

先ほどもありましたように、文科省の方から6.3%、このような子どもさんがいるという結果が報告されました。私が岐阜大学の宮本教授と共同で岐阜市教育委員会の協力を得て教師に調査をした結果では、教師が指導の困難ととらえている児童が小学校で2.7%おり、言わば2学級に1人在籍する数になっております。そして、そうした児童のうち、算数や国語など教科指導に困難のある児童が約60%おり、先生方がかなり個別に対応と努力をしていることが明らかになりました。その中でも、教室から出ていったり、あるいは授業中に席に座っていない、あるいは友達とトラブルを起こす、又は家庭との協力体制が取りにくいという場合に困難度が大きいというふうなことが挙げられております。中学校でも同じような傾向が出ております。集中力がなく、一斉授業の中で教えることが困難な児童が指導のしにくさの中で多い状況が挙げられております。

こうした中で、小学校で3.7%、中学校では10人に1人ですね、この困難な児童の10人に1人、10%に今のところ方策が見付からないというふうに教師が回答されております。言わば、教師としての効力感というふうなものが感じられないというふうな現状が調査の中で出てまいりました。そして、小学校の子どもさんの、困難児童の子どもさんをクラスター分析、言わばそういうふうないろんなタイプの子どもさんに分けた統計調査の結果、多動・衝動的な行動を示す子どもに今のところ方策が見付からないというふうに挙げた割合が多く出てまいりました。中学校においても、多動や社会性の障がい、学習困難のグループに今のところ方策が見付からないというふうに教師が答えている割合が非常に多くなっております。

こうした現状の中、教師と学校現場のサポートが是非とも必要だというふうに考えております。昨今、教師のストレスや疲労などによる心身の健康破壊や休職が増大しています。この10年間に2倍にもなったというふうなことが報告されておりますが、そのサポート体制を強化していくことが急務のように感じております。

最初に述べたように、障がい児がいることの教育的意味は大きく、学校教育の中での共生社会が作られることには大きな意義があるというふうに実感しております。しかし、一方で、そのためには単に障がい児と一緒に過ごすというのではなくて、特別な配慮や教育方法、あるいは教師の専門的な知識や視点が必要であり、そのためには条件を整えることが不可欠だというふうに考えております。

先ほど述べましたように、この子どもたちへの対応が不十分であるならば、それが不登校や反社会的行動など、様々な問題につながる懸念もあるということが、今、専門家の間からも危惧が出ております。そういうことを考えるならば、是非とも次の点での支援や対策を考えていただくようお願いしたいと存じます。

一つは、発達障がいに対応できる児童精神科医師や臨床心理士等が教師や学校現場に援助でき、そして教師の研修に携わる体制の強化でございます。二つには、特別配慮の必要な児童に個別指導や配慮ができる加配の教員や指導の場所の確保です。十分な人手とスペース、そして教師へのサポートが是非とも必要だというふうに考えております。三つ目には、基礎となる学級定員の削減です。是非、諸外国のように30人以下の学級が実現できるよう切にお願いいたします。

さらに、今こうしたLD、ADHD、高機能自閉症児への教育は、特別支援教育への転換ということで、文部科学省も推進の指針を出しておられます。これが現在の養護学校や特殊学級などで進められている障がい児教育の充実の上に立って行われること、決して現場の混乱や負担を招くような改革でないよう希望したいと思います。

お手元に添えさせていただきましたオーストラリアのブリスベーン市というふうなところに昨年の夏に研修に出掛けましたが、ここでは障がい児教育の充実の上に、更に学習困難な児童の施策が出されております。
現在、岐阜県においても養護学校に在籍する子どもの数がどんどん増え、親御さんのニーズが増えている状況にあります。こうした中で、教室がない、空き教室を削ってあるいは教室を二つに分けて教育しているところもあるというふうな現状でございます。こういった、今現在進められている教育の上に立って進められていくというふうなことを是非お願いしたいと思います。

岐阜県でもNPO法人アスペ・エルデの会などの当事者の団体が、医師や研究者と連携して幼児期から成人期までの取組を進めております。そこでは社会に出て仕事を持ちながら自立した生活を送っている人たちもたくさんいるのです。その中ではきちっとした納税者もたくさん生まれてきております。
幼児期から成人期まできちっと適切な支援を行うことが非常に重要であり、この子どもさんたちに適切な、そして十分な予算を投じていただくことが効果があるというふうに私は考えております。是非、この子どもたちへの支援を併せてよろしくお願いいたします。
学校教育において共生が図られ、子ども一人一人によって学校の中で豊かな育ち合いがなされていくためにも、条件を整え、学校現場や教師へのサポートを強化していただくように切にお願いする次第でございます。
ありがとうございました。
〜 中略 〜
神本議員
今日はありがとうございました。

先ほどちょっと話題になりました普通の学級に障がいのある子どもさんが来たときに、そこで過ごしている時間、ともに過ごしている時間に意味があるのかというようなことがちょっと議論になったような気がしますけれども、永長参考人のいただいた資料の中に、事前にいただいた資料だったんですが、その中に生徒さんの作文がありまして、読んで、私も以前小学校の教員をしておりまして、その中で自閉症の子どもさん、それから多動性の子どもさん、それから今は名前が付いたそういうLDとかADHD、多分今であればそういう名前が付けられるだろうと思われるような子どもさんを受け持った経験がございます。

この以前いただいた資料の中に、クラスの中に、先ほどのお話では、先生はただそこに一緒にいるだけ、3年間一緒に過ごしただけではないか、十分なことができなかった、何を学んだんだろうかというふうな感想をちょっと漏らしていらっしゃいましたが、それはもう教員であればみんなこれでよかったのかといつも思うんですね。十分ではない、十分ではないということを思う、そういう発露ではなかったかと思いますが。

でも、子どもたちは、最初は手取り足取りやってあげるような存在だったけれども、だんだんと彼自身が頑張るようにもなってきたし、付き合い方が分かってくる。そして、彼が何か頑張ろうとする姿を見ると、とってもうれしくなる。そして、頑張っている彼を見たら、何か強いものをもらったような気がする。福祉というのはただ手助けをするのではなくて、相手とのかかわりの中で、何かしらものをもらっているのではないか、勇気をもらったり喜びをもらったり優しさをもらったりというような感想を書いている生徒さんがいらっしゃるんですね。

私は、教育の中で一番大切なものってこれじゃないか。こういうのって、なかなかこういう場面というのは教師が仕組んでできるものではなくて、そこに一緒にいる人間関係の中でそういうものがぱっと生まれてくるって、私もそういう経験を、何度か障がいがある子どもを受け持ったおかげで経験させてもらったんで、そのことをもっと学校現場では、そういう機会に出会った先生方はもっと親御さんにも、健常と言われる子どもさんの親御さんたちにも伝えていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思ってきました。

別府参考人は、そのための条件整備がやっぱり必要だと。それはもう周りの子どもや教師の、あるいは保護者の理解だけでは、それを超えて大変なことっていろいろ現実的にはありますので。例えば、多動性の子が教室をぽっと出ていくんですね。それは、もう自分の興味本意で出ていきますから。で、ほかの子はその子が気になるから教室出て一緒に追い掛けていく。と、授業が中断する。中断してはいけないので、私は身が二つに裂けないから、お願いよと言いながら授業を進める。でも、出ていった子の授業はどうしようと心配になる。

もうそういう日々を過ごすときに、やっぱり少人数とかTTとか、それから生活をサポートしてくれるどなたかというような条件整備というのは本当に不備だと思いますので、こういう、ともに学ぶ教育を基本にやっていく場合に必要な条件整備として、先ほどもちょっとお話しいただきましたけれども、別府参考人と永長参考人の方に、具体的にこういうことがあればもっと実際にともに学ぶ教育が実が上がるのではないかということと、それから山本参考人には、私は今自分がそれを進める上ではこうだというふうな意見を申し上げましたけれども、インクルーシブ教育ですね。インテグレーションをもう一歩進めて、インクルーシブ教育を進めていくためにこういうふうなこと、法律的な整備も必要だというようなことが何かございましたらお願いします。
山本和儀・参考人
今日一番感動を受けた質問です。ありがとうございます。
教師がなさねばならないこと、学校は整備せないかぬことを本人や家族に、保護者に押し付けぬでほしい。それは、学校とか教育とか、あるいは行政が考える課題なんです、今言われたようなことはですね。だから、30人なら30人を実現されたらええ。あるいは専門家が必要であれば専門家を招き入れる制度を作ったらええ。予算がなければ予算を取るという努力をしてください。そんなことをすべて、予算がないからできないとか、何々ができないから、整備されていないからできないとか、我々は当事者を支えるために存在するんであって、当事者を支えられない専門家なんて必要ないというのが一つ。

だから、具体的に、この人にはこういうことが必要だと。人によって違うわけですから、その具体的な必要性を具体的に調査されるといいますか、調べられて、そのことをちゃんとやっていけば必ずやれるわけですから、そういう具合な教師になってほしいと。人のせいにしない教師、自分自身が責任を持つ教師、そのことが子どもたちは見詰めております。

もう一つ大事なことは、先生も言われたように、子どもたちは子どもたちの中でいろんなことを学び合うんです。健常児が存在することで、障がい児がそこにおられることで周りが学ぶし、また当事者も学ぶわけで、そこも間違ってほしくない。更に言えば、これも大事なことですけれども、そういう社会が、そういう子どもたちが社会に出ていったら社会が変わっていくんです。地域が変わっていく。そういう子どもたちがいろんな、政治家になるでしょうし、医者になる場合もあるし、教師になる場合もある。いろんなところへ出ていくわけですから、そういう人たちが、周りにこの理解ができる。そういう配慮ができる人たちが育っていくためには、正に統合、もっともっと地域でともに生活するという、技術論でないところから出発してほしいし、技術論はそれぞれ磨いてください、あるいは必要なものはかち取ってください、そういうことを大事にしていただきたいと思います。
永長徹・参考人
ありがとうございました。
作文は自分にとっても宝物だと思っています。今、福祉教育を続けている自分の心の糧にもなっているものです。言葉が足らなかったかもしれませんが、私は、場と時間が流れているだけと言ったのは、障がいを持っている子本人にとってそういうふうに表現しました。周りの子どもたちにとって得るものは非常に大きいです。そこの作文にある、それは特別な子どもが感じたことではなくて、時間をともにしたクラス全員が多かれ少なかれ感じ取った意識です。

その意識の大きさに比べて、じゃ教育現場として、教育者が障がいを持ったその子にどこまでの支援ができたかということを考えると、何もできていないな、特に手が足りないとか教え方が分からないということで、容易な言葉を使えば、ほったらかしている時間というのがただただ多かったんじゃないのかな、そういう意味でじくじたるものがあるというのが正直な気持ちです。

ただ、自分も、今の特殊教育の現場の、例えば先日、聾学校に出むいたときに、中学部20何人がうちの2クラスの生徒60何人を迎えたときに、数の多さだけに圧倒される。あるいは、その学校の先生に聞くと、幼稚部から高等部まで、あるいは20歳までこの学校に通っている子は20年近くこの学校だけを知っているんですよ、いや、それ以外を知らないんですよという言葉を聞くと、やはり隔離されているというイメージはその言葉の中に強く感じました。

現状がいいという意味ではなくて、何か違う手段を、あるいは違う場を、教育の場を作っていかなければならない時期だなと。ただ、その改正を待たずに、普通教育の中で知らないことの罪を少しでもなくしたいというのが今自分がやっていることかなと。知らせることで少しでも芽生えればということだけです。
以上です。
別府悦子・参考人
緊張して私が言い足りないことを神本先生がうまく言ってくださって、ありがとうございます。

やはり、最初のビデオの子どもさんのところで申し上げましたように、この子どもさんがいるからやっぱり先生方も理解が深まり、そのことが子どもたちに優しさや思いやりを生んだというふうなことを実感しております。

そういう意味で、是非、林先生がおっしゃったように、学級規模の問題、あるいは個別指導のできる体制やそのお部屋の問題を条件整備をしていただくことと併せて、大野先生が言われましたように、子どもをどう理解するかということでの教師へのサポートですね、研修や、そういう教師が悩んだときに相談できる、そういう体制を是非急いでくださり、そういうふうなことと併せて、子どもを真ん中にして大人同士が手をつなぎ合うならばすばらしい共生が生まれてくるのではないかなというふうなことを感じています。

ありがとうございました。
このページのトップへ
  
政策 | 経歴 | 国会活動 | ニュース | 気まぐれ日記 | コラム
お問い合わせ | サイトマップ | リンク | ▲トップ
このホームページの内容を許可なく転載することを禁じます。Copyright © 2005,Mieko Kamimoto All rights reserved.