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国会活動2004年
2004年2月9日(月)
イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会
イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法第六条第一項の規定に基づき、自衛隊の部隊等による人道復興支援活動及び安全確保支援活動の各活動の実施に関し承認を求めるの件の審査・参考人質疑
■参考人(敬称略・順不同)
 渡辺 昭夫 (財団法人平和・安全保障研究所理事長)
 酒井 啓子 (独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター参事)(以下、酒井参考人)
 小川 和久 (国際政治・軍事アナリスト)(以下、小川参考人)
 小田中 聰樹 (専修大学法学部教授)
神本美恵子参議院議員
質疑の模様民主党・新緑風会の神本美恵子でございます。
今日は、四人の参考人の皆さん方、大変貴重な御意見、ありがとうございました。

私は、今回のイラクに対する自衛隊の派遣という問題については、そもそもこの戦争が何だったのかという点に対する国民世論も大変な意見が二分された中で行われ、そしてそれに対する、日本政府は復興支援ということを前面に出して自衛隊を今もう派遣をしているわけですけれども、そのことによって国民全体も、戦争には反対だったけれども、その結果、イラク国民が今大変な状況の中に置かれている、それに対する支援は非常にやっぱり日本としては大事だということで、国民の調査でも自衛隊派遣に対する反対が少し減っているというような状況があると思います。

私の問題意識としては、人道復興支援、これは本当に大事だけれども、今、自衛隊を派遣して行おうとしていることが本当にイラク国民が望んでいることなのかという問題意識を持って今日参考人の皆さん方のお話を聞かせていただいたんですけれども、支援というのは、あくまでやっぱり当事者、その支援を受ける当事者がどのような復興を望んでいるのか、どのような復興の仕方を望んでいるのかということがまずあって、そのことを的確に把握してそれに対して支援をしていくということがあるべき姿ではないかと思うんですが、この間のこの国会での議論も政府の説明も、人道復興支援に行くんだ、それは、日米同盟、国際協調、そしてテロとの戦い、戦争に行くのではないというような説明を繰り返すばかりで、国民に対して、イラク国民が何を望んでいるのかというようなことが全くありませんでした。
そういった観点で、今日、私は酒井参考人のお話に大変共感をしたんですけれども、その中で幾つか御質問をさせていただきたいと思います。

酒井参考人と小川参考人の方から、今の戦後、イラクの戦後の占領政策は大変国民に不評であると、それから報道されているように大変治安の悪化を招いているというようなお話がございましたけれども、占領政策の決定的な誤りというのは何なのか。それから、そもそもこの戦争はイラク占領が目的として行われたんではないかというような不信感がイラク人の間にも広まっているというようなこともちょっと言われておりますけれども、その点について一点と。
まず、その点についてお願いしたいと思います。お二人に。
酒井啓子・参考人
二点御質問、占領政策の誤りというのは一体何かということ、そして戦争の目的が占領だったのではないかという二点だったかと思います。

一点目の御質問に関してですけれども、占領政策の最大、幾つか細かい間違いというのはございますけれども、最大の間違いは、イラク人を復興政策の中から排除したということにあるかと思います。

現在、アメリカを主導とした復興計画の策定過程を見ている限りでは、基本的に今、CPA、連合国暫定当局が中心になって行われているわけですけれども、このCPA自身がアメリカを中心とした外国人によって運営されている。しかも、そうしたCPAの中でイラク情勢についてアドバイスするアドバイザーは基本的に亡命イラク人が中心であって、必ずしも国内でフセイン政権の下で弾圧に苦しんできた、あるいは戦争を生き延びてきた、艱難辛苦をかいくぐって正にこれから国づくりをしていこうというふうに考えているイラク国内の国民、その当事者そのものは起用されていないわけです。

そうしたイラク人が排除されているということによって、これまでフセイン政権の下ではあってもそれなりに国づくりに寄与してきたようなテクノクラートやあるいは知識人、そうした人まで旧体制の支持者というような形で政権の政策の決定過程から排除されている。それによって現場と占領の政策自体が大きく懸け離れてしまっている。

酒井参考人
酒井参考人
現場の工場で何が必要だからこの工場が動かないんだというような情報がCPAの中心に上がるまでに相当な時間を要する。あるいはCPAの中に上がったところで、CPAに勤めている外国人は三か月の任期を何とか無事に殺されないで終われればそれでよいというような、レッドテープのような状態で事態が回っている。この工場を生かすために何とかしてくれという声が一日、二日では届かずに、三か月も四か月もたって、それでもまだなかなか動かないというのが今の復興の最大の問題点であるということを考えますと、やはり復興事業の中にいかに現地のイラク人の声を届けていくかという、その体制作りが必要になってくるだろうと思います。

二点目の、戦争が占領が目的であったのではないかということについてでございますけれども、私は若干これに対しては否定的でございまして、戦争自体の目的については、これはいまだにまだ議論が多々ございます。大量破壊兵器の問題に関しては国連等々を動員するための一つの口実であったろうというふうには認識しておりますので、大量破壊兵器を廃棄するということが主要な目的ではなかったとは思います。

しかし、一般に言われておりますように、いわゆるイラクの民主化、あるいはフセイン政権の独裁を終わらせるため、あるいは中東全体の親米化とでもいいましょうか、アメリカにとって良い関係を持ちやすい政権を樹立するというようなたぐいの、中東の全体の安定化ということを目的とした戦争だったのではないかと思います。

その中に、占領というよりはむしろ、フセイン政権を倒せば、その後、自然と米軍は解放軍としてみなされて、その下で親米的な政権が自動的にできてくるに違いないというふうに情報を見誤ったということによってやむなく直接占領を続けざるを得ないというような環境に陥っているというのが現状ではないかというふうに私は認識しております。
小川和久・参考人
御質問ありがとうございました。
私自身は軍事専門家の端くれとして、占領政策というのは、もう最初は四月のバグダッド陥落の直後から間違っているということを言ってきたわけでございます。

というのは、その戦争の大義云々というのはちょっと答える時間がありませんから今は触れませんが、ラムズフェルド国防長官がいわゆるラムズフェルドの戦争という実験をやって、極めて効率的にバグダッド陥落に至ったという側面があるわけでございます。これに対して、やはり占領政策は全く違った形でなければ効果を上げることができないのに、その効率的な戦争のやり方をそのまま踏襲するようなことをやった結果、現在の混乱、それからイラクの国民の不信、不満、そういったものが出てきていると思います。

小川参考人
小川参考人
占領政策というのは、これは、戦争の大義そのものには触れませんけれども、やはりバグダッドが陥落する直前の段階から準備をしまして、それこそ各国に声を掛けて、百万人に近いような人員でもって少なくとも三か月間徹底してローラー作戦を行い刀狩りをやらなきゃいけない、武装解除をやる、フセイン政権の残存勢力に対して武装解除を行うということが一つ。その中で占領に当たる部隊は、イラク側と戦ってきた部隊は前面に出さず、できれば戦ってこなかった部隊、つまりイラク人との間に感情的なしこりのない部隊を持ってきて、そしてイラク人のやはり、占領軍と言ったらいいでしょうか、それに対する感情が悪化しないように努めるというのが占領政策の基本でございます。

その原則というのは、恐らく日本国が無条件降伏をした直後の連合国、特にアメリカの占領政策にははっきりと表れていたんですね。とにかく、日本に上陸させる部隊というのは、日本軍と直接戦った部隊は沖縄以外には上がっていないんです。そのことによって、やっぱり日本人はアメリカに対する感情を悪化させることなく今日に至っている面もあるわけであります。それを彼らが学んでいたらそういった事態はなかっただろう、決定的な誤りはそこだということはワシントンでもアメリカ政府に言って、いや実はそうなんだと、ただラムズフェルドの立場もあるからなとか、その点の話でございます。これについては大いに彼らは反省しているだろうと、そういう感じがしております。

そこには、我々は助言をしたり、どんどんどんどん変えていかなきゃいけないわけでございますが、やはりこれはイラクのいろんな立場の人たちにちょっと話を聞きますと、アメリカとイギリスを比べると、やっぱりイギリスのまねをした方がイラク側の反発は少ないんだよということをはっきりイラク人が言いますね。やっぱりこれは植民地支配の歴史でたけている。さっき酒井参考人のお話にもありましたように、イラクの人をきちんと使う、それもチャラビに代表されるような亡命イラク人のちょっと色の付いた人たちじゃなくて、中できちんとやってきた人たちを使うというようなマインドはやはりイギリス側は持っているんだと。やはり、そういったことも我々は視野に入れながらアメリカとの話をしなきゃいけないと思います。

それから、占領そのものがねらいであったのではないかというような御質問でございますが、そこまでは申しません。ただ、やっぱりアメリカが、特にオイルの支配というのは完全に戦略目標としてあるわけでございますから、そういったものが余り露骨に出るような形の復興支援であれば、我々はやはりそれに対しては日本なりの意見を言って路線を修正してもらわざるを得ない。その辺のことは明確にしておいてよいかと思います。
どうもありがとうございました。
神本議員
神本議員
ありがとうございました。
そういう間違った占領政策というふうな中に自衛隊はCPAの統治の下に日本政府としては復興支援という形で送り出すわけですけれども、先ほどの酒井参考人のお話でも、先行の外国駐留軍と同じ轍を踏まないようなやり方をしなければいけないというふうにおっしゃったんですけれども、その同じ轍を踏まないために、非常に限られていると思うんですね、できることは。しかし、その中で現地での対応の仕方、先ほど少し触れていただきましたが、もう少し詳しく酒井参考人に。

そして、日本政府として、ではその間違った占領政策の統治下に送っている、そのことについての、これからどういうふうに、じゃ本来の、本当にイラク国民のための復興を成し遂げるためにはどういう復興政策を日本政府としてアピールなり提言なり発言をしていくべきか。その点について、またお二人、お願いします。
酒井啓子・参考人
英米、先陣の英米占領軍の轍を踏まないために何が、日本として何ができるかということ、とりわけその復興政策に関して何ができるかという御質問だったかと存じます。

これに対しては、先ほども申し上げましたように、いかにこれまでの英米とは違うかということを打ち出していく必要がある。それは、先ほど渡辺参考人の御発言にもございましたように、大変難しい困難な作業でございますから、これは政府全体としてやはり取り組んでいく必要がある。つまり、自衛隊がサマワに行けばそれだけで済む、あるいはそれで任せたというようなことでは決して達成できない、逆に、先ほど申し上げましたように、それだけではむしろマイナス効果の方が大きい、逆に言えば、それを相殺するような形で様々な復興支援をやっていかなければいけないと私は考えております。

その第一は、やはりイラク人の経済基盤となるような重要な地域の開発を行っていくということがございます。とりわけイラクの場合は、唯一の輸出の港がバスラにございます。このバスラという地域は、アメリカではなくてイギリスが管轄をしている南部地域になりますけれども、比較的、スンニ・トライアングルと違いましていわゆる政治的なテロというものは少ない、経済的な困窮によって略奪やサボタージュというようなことはしばしば聞かれてはおりますけれども、いわゆる反米テロ活動というものはそれほど多いわけではございません。

このバスラ、製油所や石油コンビナート、その他発電所、その他主要な産業施設がこのバスラには集中しておりますし、さらにまた、その港湾地域に続けば輸出入の唯一の窓口ともなっております。このバスラが復興することによってイラクの経済状態が格段と向上するということは目に見えて分かる話でございますし、今申し上げました治安状況ということを考えれば、必ずしもスンニ・トライアングルのようにテロ掃討作戦をやりながら同時並行的に開発をしなければいけないというような環境では決してございません。

ですから、まずはそういった要点となるような産業施設を回復するということが一番大きな問題になりますし、それと同時に、やはり先ほども申し上げましたように、経済復興だけで済む問題ではないということがございます。住民の意見をくみ上げるということは、どうしてもやはり今後は、政治体制の在り方、民主化とは何かというような議論にも踏み込んでいく必要が、必要に迫られるのではないかと思っております。

とりわけ日本の場合は、戦後の民主主義の導入というような経験がございます。先ほど小川参考人の御説明にもございましたように、今行われている、イラク国内で行われている戦後復興は、民主化とはほど遠いものがございます。逆に、アメリカの特にいわゆるネオコンの主張するような民主化というのが、非常に狭隘な、非常に限定されたアメリカ型の民主主義しか考えていないという側面がございますから、むしろここは日本型の、日本型のといいますか、日本の学んできた道というものをむしろ積極的に提示していくというようなことによって、イラクにも民主化を導入することは容易であるという道にイラク人を説得していく、さらにまたアメリカをも説得していく。そのことによって、今ちょうど暫定政権の設立にむけて、アメリカは直接選挙は時期尚早であると、むしろ民主主義を阻むようなやり方を取っておりますけれども、そうした頑強なアメリカの姿勢に対して、いや、民主化は少しずつでも進めていくことは、日本の事例でも見られるように十分可能であるというようなことを助言していくというような立場に立つことも重要なのではないかというふうに考えております。
よろしいでしょうか。ありがとうございました。
小川和久・参考人
私は、現在のCPAに代表される占領政策と一線を画するということは、別に余り大上段に振りかぶる必要はないと思うんですね。これは、もうアメリカ側が一貫して言っておりますように、イラクの復興支援やイラク戦争の開戦を支持するかどうかによって北朝鮮の脅威に対して日本に対する態度が変わるということはないんです。だから、日本がどうイラクにかかわろうとかかわるまいと、北朝鮮に対する問題は日米安保を発動するしというようなことをはっきりアメリカは言っている。日本はその辺で、北朝鮮があるからイラクやらなきゃいけないと、そんな子ども染みた議論はやめた方がいいわけですが。そういう日米関係でございますので、大変重要な関係を持っており、イラクの復興支援においてもすみ分けることは可能でございます。

そこにおいては、イラクの人々から私は、数限りがある方々でございますが、ひとしく聞いたのは、今まで言われてきたような格好で水の供給をするとかあるいは学校を造るとかあるいは医療の支援をするという活動に自衛隊が従事し、それがすべてであるような格好で展開されれば、イラクの民から見ると、はたから見て、アメリカ軍、イギリス軍、いわゆる占領軍と同じようにみなされる、だから自衛隊の安全についても保証するとは言いかねるという話でございました。

ただ、先ほどちょっと申し上げましたように、湿原地帯の復元によって非常に大きなグランドデザインをかき、そしてそこで雇用を百万人規模で創出する、あるいはバスラやウムカスルの問題についても、その基盤をきちんと整備するという事業の中でやはり百万人規模の雇用を創出する、そういう枠組みをかき、最初の段階で民間主導の復興支援が可能になるための足場を築くために自衛隊が、さっき話しましたような給水をやるとか学校建設をやるとか、そういった営みをするということになれば、イラクの国民を挙げて自衛隊あるいはそこに入ってくる日本の民間人の安全は保証しますと、それ太鼓判を押すかどうかという問題はともかく、同じ人たちがそれぐらいのことを言うわけでございます。

ですから、我々はそういったグランドデザインをかく、その前提は、イラクの幅広い層に常に意見の聴取を行いニーズをきちんと酌み取る、その中で初めてこれまで失敗だと言われてきた占領政策とは違う姿を示すことができるだろう。

アメリカの側も実は若干手詰まりなんですね。軍事的な面にウエートが掛かっている、お金も掛かっている、それから戦死者もどんどん出ている、雇用の創出なんといったって五万人規模ぐらいのものを提示するのがやっとだと。だから、やっぱり日本がそういったグランドデザインを描き、イラクの南部から中部、北部という順番で安定の基盤を作ってくれることは望ましいといったようなことをかなり言っております。

この湿原の復元事業については、先々週でございますか、小泉総理は国会で、中期的、短期的に取り組んでいくという答弁をしておられたのを聞いたような気がいたしますので、やはり一つの有力な選択肢ではないかなと思っております。
ありがとうございました。
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